のらりくろりと、つむり

イラストレーター・イラスト刺繍作家ukamの頭(つむり)の中のおはなし

「そうだ、松本行こう!」


某鉄道会社のCMさながらの勢いで、日帰り旅行がしたかった。

だが昨今のデジタル化で事前予約が当たり前になり、下手をすれば満席で乗れないかもしれない。

そう考えた1週間前、不本意ながらも特急の指定席を予約し、当日を迎えた。

新宿駅から特急あずさで3時間、八王子を過ぎる頃にビル群は姿を消し、列車は山間を抜けていく。

田んぼや畑、川──次々と移り変わる景色に「これこれ!」と旅の醍醐味を噛み締めるあまり、つい写真を撮り過ぎてしまう。

旅の出だしは上々だ。

ようやく着いた松本は、3年前に友人と訪れた時とあまり変わっていなかった。

前回は外堀から眺めただけの松本城、今回こそは国宝の天守閣をこの足で踏みしめるつもりだ。

ところが天守閣まではまさかの90分待ち。

ディズニーランドにも引けを取らない待ち時間はさすが国宝!と言いたいところだが、真夏の炎天下の90分待ちは耐えられそうもない。

私はまたしてもデジタル化の波に押し流され、その場でチケットを予約した。

午後の入城予約でだいぶ時間が余ったので、市内の美術館へ行くことにした。

松本市美術館では、水玉柄のかぼちゃで有名な草間彌生さんが松本出身ということで、常設展があるそうだ。

館内はまさに草間彌生ワールドだった。

壮絶な子供時代、作品を認められてからも尚続く葛藤、プレッシャー、それらを背負って未だ続く作品への情熱。

そこに綴られていた言葉や作品は、彼女に関して何も知らなかった私の心を十二分に揺さぶってくれた。

それからはもう一つの旅の醍醐味、おみやげ探しだ。
私が長野県を好きな理由の一つには、名産品に好物が多いというのもある。

蕎麦、くるみ、りんご、味噌、栗、野沢菜、おやき…次から次へと目に飛び込んで、ついつい財布の紐が緩んでしまう。

知人の顔を思い浮かながら自分へのおみやげも、と欲張るうちにあっという間に天守閣入場の時間になった。

松本城は、敵の侵入を難しくするために造られたという急な傾斜の階段を上り、天守閣を目指す。

上りと下りの人が行き交う急勾配の狭い階段を、手すりを離すまいと必死にしがみつき、どうにか上りきった。

天守閣は外に出られる回廊がなく、少し物足りなさを感じたが、眼下に見えるお堀、北アルプルの山々を背景にもくもくと広がる白い入道雲は、夏の旅を満喫するには十分な景色だった。

そうこうしている内に帰りの列車時刻が迫り、沈む夕日を背に駅改札へと向かう。

改札には「本日花火大会開催のため混雑しています」との表示があった。

…なんと酷なタイミングだろう、私はこれから松本を離れるというのに。


花火大会という四文字に後ろ髪をひかれつつも、私には列車に乗る選択肢しかなかった。

帰りの列車は約2時間半。
途中、乗り物酔いと腹痛という思いもよらぬ事態に見舞われるも、私はなんとか家に着いた。

ずっと憧れていた松本への日帰り旅。

市内から望む山々は本当に美しく、訪れた場所はどこも楽しかったし、買いたかったおみやげをたくさん買うこともできた。


途中で食べた蕎麦ソフトクリームは、人生で2番目に美味しかった。

でも、面白いことは起きなかった。
私が心の隅でほんの少しだけ期待していた、旅ならではの思わぬ展開にはならなかったのだ。

それが旅全体の充足感に届かず、なんだか物足りない気持ちのまま、私の日帰り旅行は幕を閉じたのである。

来年は花火大会に合わせて一泊二日、友人を誘ってみようかな。

おみやげに買った友人の大好きな長野名物の唐辛子を、近所のスーパーで見かけたことはそっと心にしまいながら、そんなことをふと思った。

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